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なぜ経営理念が必要か(7)-理念を心に描く

前回は中小企業であっても経営理念の作成と浸透が可能であることを事例でご紹介しました。
しかし、現実を見ると理念や方針がきちんと作られている中小企業は多くありません。一方、中堅・大手企業ではすべてきちんと作られています(その中身は別として・・・)。

なぜ、中小企業では理念や方針が作られないのか あるいは作っただけになってしまっているのか?

それは経営理念は重要だと思いながらも、急ぎの業務に追われ、その優先順位が下がることにあります。
重要度よりも緊急度が優先されています。

重要度<緊急度

中小企業では直ぐに対応しなければならない急ぎのことが毎日のように発生します。さらに、重要度の高いことに取り組む人材の余裕がありません。急ぎの業務に対応することで精一杯の状態です。

目の前の急ぎの小さなことにとらわれ過ぎて、本当に重要なことを見失っている。
それが中小企業の現状です。

それを打開するには、まず次のようなマトリクス表で取り組むべきことを整理してみるとよいと思います。

<重要度と緊急度のマトリクス>
重要度と緊急度のマトリクス 

「緊急度が高く重要度も高いこと」を優先するのは当たり前で、このエリアにあるものは誰でもすぐに取り組みます。 また「緊急度が高く重要度が低いこと」もすぐに取り組みます。

問題なのは「緊急度が低く重要が高い」エリアににあるものです。経営理念の作成・浸透はこのエリアに入ります。

このエリアにあるものは、「緊急度という下りのエスカレーター」に乗っているようなものです。 そのまま放置しておくと重要なことは、緊急なことに飲み込まれてしまいます。重要なことの優先順位が下がり、やがて消えて無くなります

エスカレーター

それを防ぐためには「緊急度という下りのエスカレーター」に楔(くさび)を打ち込むことです。
そのためには、次の2点がポイントになります。

1.「時間と場所」を設定すること
2.「心に描くこと」


例えば、前回の事例でご紹介したA社では、なぜわざわざ泊まり込みをして経営理念・方針づくりに取り組んだのか?
作るだけであれば宿泊施設に3日間泊まる必要はありません。

そのような取り組みをしたのは、経営理念・方針の作成を経営の最重要課題として優先順位が下がらないようにして、「経営理念を心に描き、自分たちのものとする」ためです。

そこで、まず『時間と場所』を設定しました。
時間:三日三晩の宿泊
場所:社外の宿泊施設

『時間と場所』を決めることで「緊急度という下りのエスカレーター」に楔(くさび)を打ち込み、自らやらざるおえない状況に追い込んだのです。
普段の業務を離れた場所で実施するため、よほどの緊急事項でない限り外部からの連絡が入りません。3日間を経営理念・方針の作成だけに集中できる環境をつくりました。

そのように言うと多くの中小企業経営者は、「忙しくて3日も時間が取れない」と言います。
しかし、よく考えてみてください。10年後の自分達の将来の姿を描くためのたった3日間です。3650日(=10年×356日)の内の3日で、割合でみると僅か0.08%の時間です。まさに一瞬です。

事例で取り上げたA社では、たった3日間でしたが自社を再生するという得がたい3日間になりました。そして、10年以上経った今も会社が存続し、 順調に事業経営がされています。
まさに、10年の計はこの3日間にありました。


次は、経営理念を『心に描くこと』です。

心に描かざるものは実現しない。
書かざるものは実現しない。
語らざるものは実現しない。
行動せざるものは実現しない。


ものごとを実現するためには「描き、書き、語り、行動する」ことが大切です(個人にとっても同じ)。

特に経営理念の作成・浸透で大事なことは、それを『心に描くこと』です。
経営理念を作成すれば、どの会社もそれを書いて文章にします。書いたものを掲示したり、社員にカードで配ったりします。
しかし、経営理念を経営陣や社員の「心に描くこと」に取り組む会社は少ない。

書くことはしても、心に描くことをしなければ効果はない。

「心に描くこと」とは、本当に大切だということを気持ちで感じることです。自分が本当に大切だと感じていないことは、消えてなくなってしまう。
例えば、人は約束を忘れても、食べ物を食べることは忘れない。食べることは自分が生命を維持し、生きていくために極めて重要なことだからです。お腹がすいたら「食べたい」と感じる。頭で理解するのでなく、気持ち(心)で感じる。
「心に描くとは」頭で理解することでなく、自分のこととして心で感じることです。

そのためには「内省すること」が大切です。
自社及び自己の現状を深く見つめ直すことです。

前話で紹介したA社では、事業の存在意義、理念を内省する討議を通して、組織の理念が自分達の存在意義、生き方へと昇華させていきました。
また以前に事例で取り上げたジョンソン&ジョンソンでは、クレドー・チャレンジミーティング(クレドに関する議論)やクレドー・サーベイ(社員意識調査)を通して、全社員が経営理念を内省し、見直す取り組みをしています。

内省猿
内省してる?

これまでの自社(自己)・・・現状を内省する(認識する)
自社(自己)の存在意義・・・存在価値を内省する(問い直す)
これからの自社(自己)・・・将来(理念・方針)をつくる


経営陣が語り合い、経営理念をしっかりと「心に描くこと」ができた時、それが自分達の存在意義へと変化する。
そして、バラバラの人の集団が一枚岩の組織(コミュニティ)へと生まれ変わり、将来へ進むための熱意と推進力が生まれます。



『小利を見れば則ち大事成らず』(論語)
(目の前の小さな利益にとらわれると、本当に重要なことが見失われる)

『組織は熱意あふれる人間のコミュニティとなったとき、最もうまく機能する』(ヘンリー・ミンツバーグ)


「なぜ経営理念が必要か」(7)  by TEAM KAMATAMA


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なぜ経営理念が必要か(6) -理念探しは自分探し

これまでの事例では大手企業を取り上げてきました(最近の記事)。しかし、経営理念の浸透は大きな企業だからできるということではありません。むしろ社員数の少ない中小企業の方が経営理念を作成し浸透させるのに時間と手間がかからず、取り組み易いです。しかも、経営理念が浸透した時に発揮される効果も早く、かつ大きいです。

経営理念の作成はそれほど大変なことではありません。それを組織に浸透させることの方が、手間と根気がいる大変なことです。
経営理念を浸透させるには、それを掲示したり、カードなどを携帯したり、朝礼等で唱和することも大切なのですが、それだけでは不十分です。経営理念を書いたり掲げたりするよりも、経営理念を心に描くことが大切です。
経営理念を浸透させるには、それについて考え、語り合うプロセスが重要です。
組織メンバーは、そのプロセスを通じて経営理念を自分の心に描くことができ、自分のものにすることができます。

これからご紹介する会社は、私が十年くらい前に関わった中小企業のA社です。

売上数十億の製造業で社員約50名、売上はピーク時の半分に減少、借入金が年商の倍以上あり債務超過の状態に陥っていました。経営者は毎月の資金繰りに頭を悩ましていました。さらに社員同士の協力意識は薄れ、経営陣を信用していない状況でした。一言でいうと、「もうすでに片足を棺桶に入れている」状態でした。
最初に会社を視て思ったことは、
「あと1、2年早く相談してくれていれば、もっと他にも打つ手があったのに・・・。」
「貸す側も、よくもまぁ、こんなになるまで貸し込んだものだな。」
でした。
社員50名とはいえ、彼、彼女らには家族があり、それを考えると関係者は100名以上になります。これから打つ手(リストラ)を考えると気持ちが重くなる案件でした。

しかし、当時はこのような再建のコンサル案件が多くありました。後に「失われた10年」といわれたように、多くの日本企業がバブル崩壊後の深い傷跡に苦しんでいました。

A社もリストラや収益構造改革を行いましたが、それだけでは会社は再建できません。リストラによって流れ出る血を止めて延命することはでます。しかし、再び健全な会社へとなるためには、更なる取り組みが必要になります。

そのような中、経営陣を集めての泊まり込みの討議を行いました。
三日三晩、泊まり込みの缶詰状態で経営陣と一緒に自社の現状を見つめ直して(内省して)、自社の存在価値と今後の方向・ビジョンを検討しまた。それは経営理念や事業の存在価値をもう一度真剣に問い直す取り組みでした。

果たして自社は世の中に残るような価値ある企業だろうか?
そもそも自社の事業は何なのか?
造っている製品は世に中にどのような価値を提供しているのか?
その価値を実現するために、会社はどうあるべきなのか?
また、経営者・社員はどうあるべきなのか?


長い時間をかけて会社の存在意義が討議されました。事業の存在意義、理念を問い直すプロセスを通して、組織の理念が自分達の存在意義、生き方へと変化していった。
それは、理念が知得から納得へ、納得から会得へ、会得から体得へと浸透する過程であった。

組織の存在意義=自分の存在意義


そして、長い討議を経た後、
「自分達の存在意義はこれだ!」
「自分達が進むべき方向はこれしかない!」

というものを見つけた。
それはその場にいた全員が自らの存在意義を見出し、事業経営に対する責任を自覚した瞬間であった。
再建への道が「希望から確信へ」と変わった
(それは第1話での「3つの問い」に対する真の答えを見つけた時でした)

十年以上前のことですが、今でもその瞬間を鮮明に覚えています。

経営陣が本当に変われば、会社が変わるもの早い。
それ以降A社の再建は順調に進み始めた。作成した経営理念、ビジョン、方針の実現へ向けて会社全体が一丸となって動き始めた。しかし、変わり始めたとはいえ依然厳しい状況は続きました。でも、人は遠くに確かな光(理念とビジョン、方針)が見えれば、厳しさに耐え、その光に向かって頑張ることができます

経営陣の姿勢や行動が変われば、社員の姿勢や行動が変わる。
社員の姿勢や行動が変われば、仕事のやり方が変わる。
仕事のやり方が変われば、関係先の姿勢や態度が変わる。
関係先の姿勢や態度が変われば、事業の業績が変わる。


それから十年以上経て、現在A社は県のモノづくり企業に紹介されるまでになっています。

経営理念の浸透への取り組みは、大手、中堅企業だけでなく、中小企業であっても可能です。むしろ、中小企業のほうが取り組み易いです。組織規模が大きくなると、より多くの手間と時間と慎重さが必要になります。

経営理念を浸透させるには、それについて考え、語り合うプロセスが大切です。
それは、
「経営理念探しは自分探し」
のプロセスともいえます。
経営理念を浸透すること(組織メンバーが自分のものにすること)は手間と根気がかかることですが、事業経営にとって大変価値のあることです。


語り合い


『ひとたび社員に経営方針や理念が浸透すれば、その企業は並々ならぬ力と柔軟性を発揮する』(盛田昭夫)
『なぜ生きるかを知っている者は、どのように生きることにも耐える』(独哲学者: フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ)
『自分を待っている仕事や愛する人間に対する責任を自覚した人間は、生きることから降りられない』(ヴィクトール・E・フランクル「夜と霧」より)

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なぜ経営理念が必要か(5) -「不易流行」

『奥の細道』で知られる松尾芭蕉の言葉に、「不易流行」があります。

「不易を知らざれば基立ちがたく、流行を知らざれば風新たならず」 (不変の真理を知らなければ基礎が確立せず、変化を知らなければ新たな進展がない)

「不易」とは、永遠に変わらないもの、不変のもので、一方「流行」とは、世の中の流れに合わせて変わっていくものです。
さらに、「不易流行」の言葉の後には、「その基は一つなり」がついています。

「不易流行、その基は一つなり」
不易も流行も、根元においては一つであるという意味です。

松尾芭蕉
松尾芭蕉の肖像画


この言葉を事業経営で置き換えると
不易:扱う商品・サービス、対象の市場・顧客、事業、仕事のやり方
流行:経営理念、経営哲学、経営思想

にあたると思います。

商品や顧客、仕事のやり方は時代に合わせて変えてもいいが、経営理念や経営哲学は永く伝え続けていかないといけない。事業経営には変化することと、永続することの両方が必要です。

長く続いている会社は、時代や環境の変化に合わせて変化しています。

下に創業時の事業と現在の事業を上げていますが、会社名はわかりますか?
皆さんがよく知っている会社です。

<質問1>
創業時の事業:織機製造
  ↓
現在の事業:自動車メーカー(株式時価総額で、日本で一番大きい会社です)


<質問2>
創業時の事業:金属加工業(ベルトのバックルや文房具の製造)
  ↓
現在の事業:エレクトロニクス機器・電子部品のメーカー(液晶が有名)


<質問3>
創業時の事業:翻訳業
  ↓
現在の事業:化粧品販売(コンビニやドラックに商品が置かれています)



<答え1>
会社名:トヨタ自動車

<答え2>
会社名:シャープ
創業時の社名は早川金属工業研究所で、現社名はヒット文房具であったエバー・レディ・シャープ・ペンシル(商品名)より付けられています。

<答え3>
会社名:DHC
社名は創業時の大学翻訳センターDaigaku Honyaku Centerの頭文字です。



事業や製品、対象とする顧客は時代や環境とともに大きく変化しています。
しかし一方、経営理念や哲学は創業時からあまり変わっていません。

例えば、トヨタ自動車には創業者の豊田佐吉の遺訓である「豊田綱領」があります

一、上下一致、至誠業務に服し産業報国の実を挙ぐべし
一、研究と創造に心を致し常に時流に先んずべし
一、華美を戒め質実剛健たるべし
一、温情友愛の精神を発揮し家庭的美風を作興すべし
一、神仏を尊崇し報恩感謝の生活を為すべし


今のトヨタ自動車の企業理念は1992年に制定されたものです。綱領の言葉が古めかしくなったためか、「豊田綱領」を基に理念が作成されました。
この綱領をよく読んだ上で、今のトヨタ自動車の企業風土や経営陣の言動を見ると、創業者の思想が組織内によく浸透していることが分かります。

ちなみに、創業者の豊田佐吉の苗字の呼び方は「とよ」でなく、「とよ」です。だから、ひ孫にあたる豊田章男社長の読み方も「とよあきお」です。
「とよ」よりも「とよ」の方が読みやすいため、「トヨダ自動車」でなく「トヨタ自動車」の社名になったようです。


次は、シャープの経営理念と経営信条です。

<経営理念>
いたずらに規模のみを追わず、
誠意と独自の技術をもって
広く世界の文化と福祉の向上に貢献する。
会社に働く人々の能力開発と
生活福祉の向上に努め、
会社の発展と一人一人の
幸せとの一致をはかる。
株主、取引先をはじめ、
全ての協力者との相互繁栄を期す。



<経営信条>
二意専心
誠意と創意
この二意に溢れる仕事こそ、人々に心からの満足と
喜びをもたらし真に社会への貢献となる。

喜びをもたらし真に社会への貢献となる。
誠意は人の道なり、すべての仕事にまごころを
和は力なり、共に信じて結束を
礼儀は美なり、互いに感謝と尊敬を
創意は進歩なり、常に工夫と改善を
勇気は生き甲斐の源なり、進んで取り組め困難に


商品の変遷を見ると、金属加工から文具、家電、液晶、メガソーラー発電など独自性のある製品を次々に開発し、時代に合わせて大きく変えてきています。
シャープの歴史を見ると、「他社がまねするような商品をつくれ」といった創業者の早川徳次の思想そのものです。 (最近のシャープを見ると創業時の精神を忘れかけている?)

「人に歴史あり」とはよく使われる言葉ですが、事業経営も同じで「事業に歴史あり」です。


進化論で知られるダーウィンは、生物が「生き残るのは、最も強い種ではなく、最も賢い種でもない。それは、変化に最も適応できるものだといいましたが、事業経営も同じです。(以前に「事業経営の原点」で記述)。企業も生き残っていくには、取り巻く経営環境に適応するために変化することが必要です。「不易流行」の「流行」です。
一方、時代とともに商品や事業が変わろうとも、事業経営の哲学、思想である「経営理念」は変えることなく、大切に守り続けないといけない。「不易流行」の「不易」です。

そして、事業経営には流行と不易の両方が必要です。
「不易」(変えてはいけないもの)と「流行」(変えなくはいけないもの)の両方のバランスが取れた時、事業が永く続いていく。



『不易流行、その基は一つなり』(松尾芭蕉)

『この文書(経営理念、Our Credo)の言葉は時代の流れや会社発展にあわせて修正してよい。新しい経営概念を導入してもよい。しかし、基本哲学・思想は不変のはずだ』(ロバート・ウッド・ジョンソンJr)


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なぜ経営理念が必要か(4)-経営理念は事業を救う

なぜ、経営理念は浸透しないのか?

前回は、経営理念は「作っただけでは不十分で、それを組織の末端にまで浸透させること」が大切であることをお話ししました。しかし、多くの企業ではトップ、社員の行動や姿勢が反映されるレベルまで経営理念が浸透していないのが実情です。

その理由は、
1.経営理念を浸透させることは手間であり、骨が折れる。しかも、直接儲けにつながらない
3.トップ、経営陣は「経営理念は必要」とは言うが、それほど重要でないと思っている
3.そもそもトップ、経営陣自身が経営理念を意識レベルまで体得していない

ことにあります。

このように言うと多くの経営者や役員は気を悪くします。しかし、経営理念の浸透に使う時間や投資する金額を計算してみると明らかです。
1.年間365日、8,760時間の内、何日(何時間)をそれに使っているのか?
2.売上(あるいは粗利)の何%をそれに投資(出費)をしているのか?


時間もお金も手間も、ほとんど使っていないのが現実ではないだろうか。

事業経営では緊急を要することや重要課題など、様々な問題が次々に発生します。多くの企業では経営理念の浸透は大切だと言いながら後回しにされ、相対的に優先順位は下がっていきます。(後回しにされること自体、重要と考えていないと思うのだが・・・)

そのような中で経営理念の浸透に多くの時間と手間をかけている企業もあります(数は少ないが・・・)。今回は、その企業の事例を紹介します(有名な事例です)。
不祥事問題を起こしている企業には大変参考になる事例です。blogとしては少し長くなりますが、我慢してお読みください。


 ○  ○  ○


<事件の発生>
1982年9月30日、全米を震撼させたタイレノール毒物混入事件が発生した。

タイレノールとは、ジョンソン&ジョンソン(以下J&J)が販売する鎮痛薬です。日本で言えばバファリンのような薬で、多くの家庭に常備されている大衆薬です。現在のJ&Jは世界最大のトータルヘルスケアカンパニー(世界60カ国250以上のグループ企業を有し、社員数約114,000名、売上高約616億ドル≒4兆9,300億円)ですが、当時のJ&Jにとってタイレノールは収益の柱で、利益の2割を占めていました)


シカゴ警察は青酸化合物によって死亡した7人の市民が直前にタイレノールを服用していたことを発表した。(この時点ではタイレノールに疑いがあるというだけで、死亡原因かどうかは不明であった)


<事件への対応>
事件発生直後に、J&Jはすぐに経営者会議を召集し、対応策を協議した。
経営陣は直ちに「全製品の回収」を命じた。ある特定の地域で起きた事件のため、「全製品を回収する必要はないのではないか」との意見もあったが、自社製品を市場から無くすことが、事件を拡大させない最善の方法と考え、採算度外視で迅速に引き上げた。そのときの回収費用は、1億ドル以上に達し、タイレノールのシェアは37%から8%にまで下落した。その後、毒物混入がタイレノールとは無関係であったと判明した後も、J&Jは製品の製造を中止し、消費者に自社製品を服用しないよう積極的に告知し続けた。また、対応策は消費者だけにとどまらず、営業部隊による医師へのプレゼンテーションを計100万回行い、可能な限りの対応をした。
製品の回収と同時に、会社は直ちに事件をありのままに伝える決断をし、マス・メディアを通して積極的に全米市民に情報を公開した。当時のジェームズ・バーク会長は記者会見を行い、消費者に「タイレノールは飲まないように」との警告を発した。衛星放送を使った30都市にわたる同時放送、新聞の一面広告、全米TV放映など、できうる限りの対応を行なった。また、専用ホットラインを開設(事件後11日間で136,000件の電話)した。おびただしい数のTVニュースや記者会見は、ケネディ暗殺事件以来の数といわれた。多くの専門家はこの事件によりタイレノールという商品が市場から無くなることを確信し、もう「タイレノールは死んだ」といった。


<事件後の結果>
事件の沈静化後、J&Jは流通段階で毒物が混入されないように包装やパッケージを変え、製品もカプセルからタブレットに変えて、再びタイレノールを市場に戻した。タイレノールは事件の2ヶ月後には、事件前の売上げの80%まで回復し、半年後には完全に市場シェアを回復した。事件発生直後、「タイレノールは死んだ」といわれたが、以前よりも売上げを伸ばした。事件後の素早い対応で、タイレノールに対する顧客、消費者の信頼が失われることはなかった。

バーク会長は事件直後の一連の意思決定と行動について、「J&Jには緊急時対応マニュアルはない。しかし、J&Jには『我が信条』(経営理念)があり、信条(理念)が何をすべきかを示してくれている」と答えた。
今日でも、タイレノールは米国の国民的な薬です。


 ○  ○  ○


Our Credo 
J&Jの経営理念『我が信条(Our Credo)』

クレド(経営理念)はたったA4用紙一枚に書かれた文章です。しかし、J&Jが存亡の危機に陥った時に有効に機能し、危機的状況から救い出したのは40年前(1943年)に作られたクレド(経営理念)でした。

J&Jはこのクレドの浸透、定着を図るために、多くの時間と手間をかけています。毎年、全社員に「クレド・チャレンジ・ミーティング」(クレドに関する議論)や「クレド・サーベイ」(社員意識調査)を実施しています。これらは、年間勤務時間の1%(3日)があてられています。さらにトップ陣はクレド実現のために、年間の2週間を社員とのミーティングにあてています。

経営理念は作成して社内へ配布することや掲示することも大切ですが、それだけでは十分ではない。トップをはじめ現場の社員に至るまで、それにかかわり浸透させること(理念を心に描かせること)が極めて重要です。
理念や哲学(価値観)を組織メンバーに植え付けることができれば、組織メンバーの行動を詳細な規則やルールで統制しなくても、組織の価値観に基づいて自ら正しい意思決定をすることができます。

「マネジメントをしっかり行えば利益は出る。商品開発や市場開拓に力を入れれば事業は伸びる。だが、永遠に生き続けることはできない。事業を永続するには経営理念の追求と良い組織文化が必要である」

経営理念は組織の思想であり、事業経営のすべての意思決定の拠りどころになるものです。常に重要順位が下がらないように、上げておくことが大切です。
事例でご紹介したジョンソン&ジョンソンの経営理念(Our Credo)を起草したロバート・ウッド・ジョンソンJrは、次のような言葉を残しています。


『この文章(Our Credo)の中に書かれている考え方が会社の経営理念である。これに賛同できない人は他社で働いてくれて構わない』
(ロバート・ウッド・ジョンソンJr)


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なぜ経営理念が必要か(3)-経営理念の浸透

前回は、組織メンバーの「判断基準が統一され、迷うことなく一貫した行動がとれる(行動規範)」経営理念の作成が大切であることをお話ししました。

しかし、いくら良い経営理念を作成しても、それだけでは価値がありません。理念が社員の心に届かなければ、その効果は発揮されません。「絵に描いた餅」に終わります。
「作っただけでは不十分で、それを組織の末端にまで浸透させること」
が大切です。

経営理念が浸透するとは、組織メンバーが
例え上司がいなくても明確な判断できること
異常の事態や大きな問題が発生しても正しい判断できること

です。

経営理念が組織メンバーに植え付けることができれば、上司が細かな指示を出したり、詳細な規定やルールを理解させなくても自ら組織の価値観に基づいて意思決定をすることができます。

そのためには、経営理念は創ったら終わりでなく、浸透させることが大切です。

それでは、それを最近の事例でご紹介します。
下の経営理念や行動規範は、最近マスコミで取り上げられているD社のものです。

 ○  ○  ○

<経営理念>
顧客に最も近く位置し、絶えず時代の要請を迅速・的確に捉え、着実で長期に安定した成長を持続するとともに、地球環境と調和した事業活動を展開し、株主・取引先・従業員・地域住民に信頼される総合製紙企業集団として、社会の生活・文化産業の発展に貢献します。

<行動規範>
意思決定を迅速に行うため、悪いことが関係部門から直接経営トップにパラレルに報告され、適切且つ速やかな対応がとれる社風を築いています。

<CSR(社会的責任)基本方針>
(コーポレート・ガバナンスの方針)
コーポレート・ガバナンスの充実を経営上の最重要課題の一つと位置付けて、意思決定の迅速化、コンプライアンス体制の強化、株主を始めとするすべてのステークホルダーとの良好な関係の維持を重視し、継続的な企業価値の向上に努めております。

(コンプライアンス)
グループ全体で法令遵守を最重要課題として取り組み、コンプライアンス体制の整備・見直しを行うとともに、法令・倫理教育を通じた社員の意識改革を進めています。

 ○  ○  ○

うまくまとめられた経営理念や行動規範、コンプライアンスが作成されている。
しかし、今回D社は前会長による巨額借り入れ事件を起こしています。経営理念や行動規範の通りに事業経営をしていたなら、このような問題は起こらなかっただろう。あるいは今回のような大事件になる前に防ぐことができただろう。

どんなに素晴らしい経営理念を作成しても、組織メンバーに浸透し、考え方や行動に反映されなければ効果はない。前回事例で取り上げた0社も今回のD社も、りっぱな経営理念や行動規範が作成されているが、全く機能していない。さらに両社も内部統制制度が導入されていたが、それも機能しなかった。絵に描いた餅であった。

多くの企業で経営理念を理解させようと、カード携帯や社内掲示、朝礼での唱和などを行っているが、それだけでは不十分です。言葉は理解しても、組織メンバーの意識には浸透しない。
「経営理念が浸透する」とは、組織メンバーの考え方や行動、態度にそれが反映されることです。


浸透するとは


事業が順調なときは、経営理念の必要性をあまり感じません。危機的な状況に直面したときに、経営理念の必要性を痛感する。しかし、そのときに経営理念を創ること、浸透させることは難しい。むしろ事業が順調な時の方が経営理念を創り、浸透させることが簡単です。

経営理念は一見無用と思われるが、実は大変重要な役割を果たしている。事業経営にとって経営理念は
「無用の用」
です。


『企業の目的と使命を定義できないことが、挫折と失敗の大きな原因である』(ピ-ター.F.ドラッカー)
『理念なき行動は凶器であり、行動なき理念は無価値である』(本田宗一郎)
『事業経営においては、・・・ 一番根本になるのは正しい経営理念である。それが根本にあってこそ、人も技術も資金もはじめて真に生かされる』(松下幸之助)


「なぜ経営理念が必要か」(3)  by TEAM KAMATAMA


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